湯之島館開業時に建設された、萱葺き屋根の離れで、総檜造りの東屋です。
玄関から、客室、お風呂までの廊下、脱衣場、お風呂に至るまで、意匠をこらし、
その造作は、往時の職人の心意気や技術を忍ばせます。
当時の高級旅館として、申し分ない造作が施されています。
春慶荘の名の由来は、梁や柱などの造作や調度品、
襖にいたるまで飛騨春慶塗りで統一されていることに由来します。
浴室には天然温泉檜風呂を備え、その脱衣場の造作にも春慶塗りが施され
当時の数寄を感じさせる特別室です。
司馬遼太郎氏が1971年から週刊朝日に連載を開始した紀行集
「街道をゆく」飛騨紀行の中で下呂温泉とともに紹介されています。
春慶塗(しゅんけいぬり)
下呂谷はすでに飛騨の国に入る。
益田川(飛騨川の上流)の河原からゆたかに温泉がわくことから、
下呂は、古来泉郷として知られてきた。
まわりは山々で、日没後ここに入ったとき、
すりばちの底に落ちこんだアリのような思いがした。
もっとも、よろこびも感じた。
美濃から入り、夜をこめて“中山七里”をくぐりぬけてきた身としては、
突如ひらける里のともしびに人心地がつく思いがしたのである。
私どもは山の中腹の古格な宿にとまった。
さすがに飛騨の匠のふるさとらしく、みごとな普請だった。
とくに部屋部屋がよかった。
私がとまったのは品のいい京壁、単純化された遠山の欄間、
それに欄間も柱も障子の桟も、
ことごとく柿色の春慶塗で統一されていて、おさえこんだ華やぎがある。
「日本文化ですなあ」
心のうきたちをおぼえつつ、
須田画伯の部屋をのぞきに行ったり、画伯をわが部屋に招じ入れたりして、柄にもなく束のまの数寄に興じた。
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| 春慶塗で統一された柱や鴨居 | 客室付き温泉の脱衣場まで意匠を凝らした贅沢な造り |
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| 意匠が凝らされた、お風呂へつながる廊下 | 天然温泉の檜風呂 | 美しく生える秋のお庭の紅葉 |
踏込、和室八畳、和室六畳、広縁、洗面、檜風呂(天然温泉)、トイレ、テレビ、冷蔵庫
夕食、朝食ともお部屋食となります。
お食事のスタートが19:00以降の場合別室での夕食となります。
お食事は特別室専用のお料理となります。